SEIZY'S ダイアリー (ミュージシャンによる日本壱面白くミュージシャンっぽくない日記)
どうも!SEIZYです! 「シンガー」っぽくない「人間」まるだしのブログをよろしく!
2017年 上半期に思うこと

どうも!SEIZYです!

2017年も上半期
SEIZYにとって今年の上半期はなんとも痛いものであった

誰にも媚びず
一心不乱に、強い意思を持って
SEIZYらしい道をSEIZYらしく
我が道を「我一番!」と突き進んできた

もうすぐ7月14日
知る人ぞ知るSEIZYの日
これを迎えると
SEIZYとして活動を始めて19年目になる
この年数は俺の音楽活動の中で一番長い
その20年という大きな節目を前にして
「最近、思うこと」
を包み隠さず正直に書くことにする


音楽が大好きで人生の大半 音楽界に身を置いてきた

音楽が大好き故に素晴らしいこと、めちゃめちゃ嫌なことを沢山経験した
極端にいうと人生の良し悪しはほとんど音楽によるものであった
バンド時代から数えるともう気も遠くなるほどのキャリアの中で、沢山の酸いも甘いもを経験した
気づけば先輩は数えるほど
もちろんこれらは俺の財産であり、胸を晴れる歴史である


そんな長い間「SEIZY」という名前を売ってきた
「SEIZY」という名前を守ってきた
今もそれは続いている
芸能人は歌を売るより名前を売る
これに尽きる
これだけ長い間やってるんだから
それなりに売れたとは思っている
でも、まだまだこれからとも思っている
まだ目標の半分にも達していない
その「SEIZY」というネームバリューに傷をつけないように、恥じぬように

その「名前」に関する事件が起きた

その時にブログに書いたが
あるアホなミュージシャンが
面識あって同じ仕事をしてるにもかかわらず俺の名前を知らない?いやいや馬鹿にしてる?
この事件が引き金
「そんなこと?」と思わないでほしい
俺のやってきたことが全否定、全無視された気分

俺は「SEIZY」という名前に誇りがある
ありすぎるのかも知れない
プライドも人一倍高い
同じ番組をしてるのは学校でいえば同じクラスみたいなもん
そこで毎日大声で名前を言ってても
覚えてもらえない そして笑い飛ばしただけ・・・という侮辱感
「名前も知らない人が歌ってます」と同じ
ちなみに未だに詫びも訂正もない

そこへきてずっとお世話になってきた
「岡の宮のまつり」が今年、我々のステージがなくなるという・・・
岡の宮神社といえばSEIZYの地元
SEIZYが生まれ育った地区であります
俺が小学生の頃に初めて歌った場所がこの岡の宮のまつり
いわばSEIZYの原点
大切な場所であり、
思い出の場所でもある
だから初めて藪ちゃんからオファーをもらったとき、涙が出るほど嬉しかったし
俺が地元にできる唯一の恩返し
まだまだ歌手として気張っていこう!
と決意したものです
俺がやっている音楽というもので
「地元にたずさっていられる」ことが
俺の歌手人生に ものすごい意味がありました

俺がどんだけ有名になっても
この岡の宮だけは出演し続けたい
と思っていました
だからこのステージだけ特別に
地元にある俺の出身校「広瀬小学校」の校歌を歌い続けてきました

ただ、いろんな催しをしてイベントを変えていくのは主催側のあたりまえのこと
そんなことは俺もそっち側の人間ですから当然のことやと思うし
それで地元のまつりが盛り上がって継続されればこれ以上ない喜びです
歌手のステージだけだとやっぱりマンネリ化するのは当然ですし、限界があるのも承知です
確かに俺たち歌手のステージで沢山のお客を呼んだか?
いいえ 大したことありませんでした
岡の宮さんにはなんの責任もありません
でも残念でなりません

仕方ないことやけどなんかモヤモヤする感じっていうかんじ
もちろんそれに関しては藪ちゃんも残念感はあるやろうけど
SEIZYにとってのそれは藪ちゃんとはちょっと違います

「俺には特別な場所」が
SEIZY側だけが思ってたことなのかな
と思うと「んーー胸がつまる」ですね
10分だけ いや、1曲だけでも時間 取れなかったものか
最悪 司会進行役でもよかったのになぁ
小学生のころみたいに勝手に行って歌ったろか(笑)
まぁこれは人間SEIZYの「ぼやき」です(笑)

あえてエンターティナーSEIZYの提案を言うと
今年はコスプレの催しらしいですね
なぜ催しがひとつだけなのか?
「まつり」なんやからふたつもみっつも催しをやったほうがワイワイしてまつりらしいですよね?
ひとつにしなければならない理由がわかりません


UST生放送も「誠噺」がいきなり終わって、
新しく「とらふすぴりからTV」に内容も一新に変わりました

この番組はYouTubeでアーカイブが観れます
いわばアーカイブが今よりも手軽に観れるようになったのがいい感じ

アーカイブ視聴数も当然気になるところです
しかし、SEIZYの回は2回ありましたが恥ずかしながらの結果です
他の週と比べても最低の部類でした
もう、惨敗!ですわ
俺の名前を間違い続けてるアホにも負けてる始末

1回目放送が終わってから
視聴数を増やすために自分なりにYouTubeを勉強、研究しました
たぶん他の人はしてないと思います
しかし、勉強して!のこの体たらく
情けない!の一言です
どうしたものか?
まあ継続していれば・・・
と考えてる途端に突然の番組の終了
視聴数だけの問題だけではないですが何の手も打てないまま終わってしまいました


これだけのことが4~6月のあいだに起こってしまいました
これぞまさしく「オーマイガー!」です
いくらプラス思考の無敵のSEIZYでも
色々ありすぎ!です
そして、これらは全てSEIZYの力不足に他なりません
悔しい・・・
歯痒い・・・
自分の力のなさに慰めの余地もありません

でもこれが現実、これが今の時代
そしてなによりこれが今の俺の力
としっかりと受け止めなければいけません

自分にカラく言うと・・・
悲しいことやけど客観的に見ても、
世間からは
そろそろSEIZYは要らなくなってるのかもしれませんね

芸能人は仕事がなくなれば死んだも同然
歌手を殺すにゃ刃物はいらぬ
仕事をいくつか削りゃいい

SEIZYが思ってる以上にSEIZYの名前は以前ほどビッグネームやないのかもしれません
そろそろ「引退」の文字がちらつきはじめたのも事実です


2017年 上半期はまさに
「試練の年」
そして、
「初めて引退を覚悟した年」

まとめると始めるか終わるかの
「決断の年」

今まで自分を信じて脇目もふらず突っ張り続けてたので
「引退」なんて言葉は俺の中に入ってくる余地もなかったんですが・・・


でも、でもね
ぼちぼちですが仕事も入ってきてるのも事実
俺の唄を聴いて救われてると
この間も耳にしました

「やらなきゃいけないことがある!」
「やるべきことがまだまだある!」

今はホンマに腐った時代
こんな時代やからこそ
叫ぶ者は我ながらまだSEIZYしか思い当たりません

それになにより
和歌山からSEIZYみたいな毒がいなくなったら
ホンマに刺激もインパクトもない
おもろない和歌山音楽シーンになるよ
地元 和歌山が俺を捨てても
俺は和歌山のミュージシャン
俺を育ててくれた和歌山を捨てません
ただで倒れてなるものか!
でも、いつか見返してやるよ!


「SEIZYがやらなきゃ誰がやる!」は
俺の胸で消えかかってるのかもしれません
しかし、消えてはないのです
確かに燃え、燻っているのです

再び大きな炎にするために・・・
次に燃えたその炎は今までよりも大きな炎になるはずです
ただ、その着火済がどこにあるのか今はわからないままです

まだまだSEIZYは気張ってもいいのでしょうか?
まだまだ時代はSEIZYを受け入れてくれるのでしょうか?

年寄りの冷や水?
いやいや、もっと冷たい氷水
持ってこんかいっ!


ただ、
落ちぶれて終わるのは死んでも
イヤ!

だから、「それ」は「いま」ではナイ!
・・・はず!


下半期にむけて
いいことがありますように
凹まず腐らずやらなね











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